金井染工

栃木県足利市。渡良瀬川が流れ、北の足尾山地と南の関東平野の接点にあたるこの場所に金井染工はあります。金井染工は1927年創業の生地染めや製品染めなどを手がける染工場。創業当初は足利銘仙と呼ばれる絹織物に使われる絹糸の染色からスタートし、戦時中の一時廃業を経て、現在では、通常の染色のほか、日光に晒され続けたり塩素消毒をしても色があせにくいスレン染料を用いた染色や、気温や体温など温度の変化によって生地の色が変化する加工など、特殊な染色加工も手がけています。

五感を満足させる生地

「目で楽しむ色はもちろん、手触りを楽しめる風合いなどにもこだわり、生地の持っている特長を最大限に活かし人の五感を満足させる生地を作りだすことを大切にしている。」と、金井染工の金井孝史社長。同社のある足利周辺の染工場では、昔から色を染め、生地の巾を安定させる加工のみを行っているところが多かったそうです。しかし金井染工は、生地を揉みながら乾燥させるため風合いが良くなるタンブラー乾燥機を早くから導入し、仕上がりの風合いを重視した加工も行ってきました。この手間を掛ける分、時間が掛り生産効率も落ちますが、「昔のようにやりきれないほど仕事が入ってくるという状況ではなくなり、一手間加えられる余裕が出てきた」と言い、国内の繊維産業の陰りが叫ばれ久しいなか、一歩先を見つめ、一手間加えることによって人の五感を満足させる生地づくりに熱意を燃やす金井社長。その熱意を感じ、私たちは10YC Teeの生地の染色をお願いすることにしました。

使い込むほどに味わいが増す色

スレン染色は水道水に含まれる塩素や日光に強く、染めた色が長持ちしますが、染色工程での色の調整が難しいといいます。そのため、染工場にとってはリスクが高い割に儲からない染色方法なのです。しかし、金井社長自身はスレン染色で染めた製品が好きだといいます。「着れば着るほどアタリがついて味が出てくるようなものが好き。」ワンシーズンやツーシーズンで世の中から消えてしまうような服ではなく、孫の代まで着られるような服をつくっていきたい。その想いが金井染工がスレン染色を続けている原動力なのだと感じました。

現場が動かすものづくり

先代社長のときには週に一度会議が開かれていたそうですが、現在は行っていないそうです。「よほどのことが無い限り会議は開かないね」と金井社長は笑います。昔から現場にいることが多く、今でもほとんどの時間を現場で過ごし、何かあればすぐに現場で「どうやればお客の要望に答えられるだろうか」と相談し、解決しているのだそうです。私たちが工場内を案内してもらっているときも現場の従業員さんに声を掛けたり、逆に掛けられたりしているの見て、経営者と現場との距離感が本当に近い会社だと感じました。また、工場の建屋には採光口が多く取られいて場内は非常に明るく、これもその現場に立ち続ける金井社長がいるからです。

製品だけでなく環境にも気をつかう

現在、金井染工では下水処理を徹底し、染色釜の動力を生むボイラーの燃料を重油ではなくLPガスに変えるなど、環境への負荷を軽減するための設備投資も積極的に行っています。金井社長は「工場内も綺麗にしていきたい。従業員一人ひとりが1日の時間の3分の1以上は工場で過ごすことになるので、できるだけ快適な環境を整えたい。」といい、すでに倉庫やトイレ改装を進めるなど工場の”外”と”内”、両方にとって快適な環境を整えていくということを実践しています。そんな同社の姿勢は、10YCに関わるすべての人を豊かにしていくという私たちのミッションと共鳴し、一緒に取り組んでいこうと思わせてくれました。


金井孝史社長
金井さんが一番好きな色は「藍色」。金井染工のユニフォームはこだわりの藍色で染められている。

工場プロフィール
金井染工株式会社
1927年 栃木県足利市緑町にて創業。
1994年 太平洋戦争の激化により、一時染色業廃業。
1948年 染色業再開、トリコット生地染色に移行。
1964年 足利市今福町に工場移転し、丸編みメリヤス生地・製品の染色を始める。

〒326-0842 栃木県足利市今福町18
http://www.kanaisenko.com/

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